傾きが負

〜known secrets and unknown common senses〜
第8話

 翌日、美夏は車椅子で学校に行こうと思ったが、美夏の通う高校に電話してみると、設備が整っていないので、車椅子では入れないと言うことだった。よくよく考えると、美夏がいつも使うバスでは車椅子は乗れないし、駅にもエレベーターなどなかった。
 仕方がないので、美夏は病院に行って松葉杖を借りることにした。母は仕事に行ってしまったので、美夏は一人で病院へ向かった。
 病院までは1km程度の道のりなのだが、美夏は最初の100mでつまずいた。歩道の段差を上がれなかったのだ。力いっぱいタイヤを回そうとしたが、美夏の力ではどうしようもなかった。美夏が必死でもがいていると、背後に何かの気配を感じた。
「押しましょうか?」
 振り向くと、若い男だった。
「すみません。」
 男が後ろから押すと、車椅子は段差を軽々と越えた。
「どこまで行きますか?」
 男は尋ねた。
「ありがとうございます。でも、もういいですから。」
 美夏は、他人に迷惑をかけたくなかったので、そう言った。
「でも、こんな段差はこの先もたくさんありますよ。」
 そう言って、男は車椅子を押しつづけた。
「この先の総合病院に行きたいんです。」
「僕もそっちの方に行こうと思っていたところなんです。」
「すみません。」
 美夏は病院に着くまで、「すみません」と十数回言った。
 車椅子の替わりに松葉杖を借りた美夏だったが、入院生活で筋力の落ちていた美夏にとっては松葉杖で歩くことも大変だった。美夏は何度か転んで腕にあざをつくって自宅に戻った。
 松葉杖では家の中を移動することも大変だった。美夏は高校にいる友人のことを思い浮かべた。友人達と雑談していた時のことが無性に懐かしく思えた。
 ふと、自分の携帯電話のことを思い出した美夏はそこにきていたメールを読んだ。メールの送信日時を見ると、入院した日は友人全員からメールがあったが、返事がないとわかるとそれっきりきていなかった。
 美夏は退院を告げ、明日から高校に行くというメールを友人達に送った。
 すると、しばらくして返事が返ってきた。「良かったね」や「おめでとう」等のメッセージが ほとんどだったが、里子は長々と入院中に高校であったことを書いてきてくれた。仲間とのつながりを確認できたと少しほっとした美夏だったが、次の瞬間、あることに気がついた。こんな状況ではアルバイトができないので、携帯料金を払うことができないということに。貯金もほとんどなかった美夏は携帯を解約しなければならなかった。

第9話
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