傾きが負

〜known secrets and unknown common senses〜
第5話

 あくる日、美夏と同じ病室に入院している少年の下に少年の祖父母が見舞いに来た。少年はにこにこしながら祖父母と一緒に病室の外に出て行った。少年は小学生程の年齢に見えた。時々来る少年の母と少年との会話から考えると、少年は怪我をしているわけではなく、何らかの手術を受けるために入院しているらしかった。
 しばらくして、少年と祖父母が戻ってきた。少年は満面の笑みを浮かべながら、美夏に手に持っていたものを見せた。
「いいでしょー。」
 美夏は何が何だかわからなかったが、とりあえず愛想笑いを浮かべた。よく見ると少年が持っていたものはゲームボーイだった。
「これ、カラーなんだよ。すごいだろー。」
 美夏は無邪気に喜び、赤の他人に話しかけてくる少年に対して愛想笑いをするしかなかった。
「坊主、いいなー。俺のは白黒だよ。」
 それは隣の変な男の声だった。少年はその男に自慢を繰り返した。少年の口は大きく開き、しばらく閉まることはなかった。
「退院したら遊園地に行くんだよね。」
 祖父母は微笑みながらうなずいたが、その笑みはどこか引きつっているようにも見えた。祖父母が帰った後、少年はゲームボーイに熱中して、看護婦さんに叱られるまで止めなかった。
 その夜、美夏は小学生の頃に今は亡き父を含め、家族全員で遊園地に行った時のことを思い出した。観覧車に乗ったり、ソフトクリームを食べたりして、喜んで微笑を絶やさなかったあの時の自分がうらやましかった。いつしか素直に感情を表現できなくなっていた自分がここにいることに気付いたが、その理由を考えようとはしなかった。無邪気だったあの頃に戻りたいと思ってしまうと、現実を見失ってしまいそうだったので、唇をぐっとかみしめた。
第6話
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