傾きが負

〜known secrets and unknown common senses〜
第4話

 美夏が目を覚ましたのは病院のベッドの上でだった。両足にはギブスがはめられ、上から吊るされていた。  美夏がふとベッドの傍に目を向けると、美夏の母がそばの机で、顔を腕にうずめて眠っていた。周りを眺めると、他に数床のベッドがあり、数人の患者が眠っていた。時計の針は7時を指していた。窓から朝日が差し込んでいた。どうやら、事故から丸一日経っていたようだった。
 しばらくして母が目を覚ますと、美夏は、
「ごめんなさい」
 と謝った。母は美夏に足の具合を尋ねた。
「痛っ。」
 足を動かそうとすると鋭い痛みが走った。
 母から話を聞くと、歩けるようになるまで、2ヶ月はかかり、しばらくは入院が必要だということだった。美夏は、高校を休むことになることにすぐに気が付いた。それを察した母は
「高校には連絡してあるから、心配せずに寝てなさい。」
 と言った。しかし、受験勉強をしなければならない美夏は母に勉強道具を持ってきてもらうことにした。母は晩にまた来ると告げて、仕事に行った。
 その後、美夏は何もすることがないので、天井を眺めていた。携帯があればメールを打つのだが、病院では使えないと母が持って帰っていた。すると、隣に寝ていた若い男が話しかけてきた。
「君は他人に気を使いすぎて自分を押し殺していないか?」
 赤の他人にいきなり話しかけてくる変な人に美夏は関わりたくなかった。しかも、発言が心を見抜いているような言い方で嫌だった。だから、寝ている振りをした。
 その後、彼が寝ている時に看護婦さんから話を聞くと、彼は予備校の数学講師で、授業中に逆立ちをしようとしたら、転んでしまい足を折って入院し、あと数日の内に退院するということだった。美夏はその話を聞いて思わず笑いそうになったがこらえた。彼は予想通り変な人に思えた。
 夕方になると、友人達が見舞いに来た。里子が進み出て申し訳なさそうに言った。
「ごめん…」
「里子は悪くないよ。私こそ一緒にいけなくてごめん。コンサート、楽しかった?」
「うん。」
 極力明るく振舞う美夏に一同の緊張は解け、雑談が始まった。美夏は病院でうるさくしてはまずいと思いながらも、愛想笑いを浮かべながら、仲間のおしゃべりを聞いた。
「うるさいぞ。病院内で、大声でおしゃべりするなんて非常識だ。」
 それは、隣の変な男の声だった。
 一同は一瞬沈黙したが、小声でおしゃべりを続けた。しばらくすると、母がやって来た。美夏に勉強道具を渡すのを見て友人の一人が
「病院でも勉強するなんてえらいね〜」
 と茶化した。美夏はそんなことないと謙遜した。
 友人と母が帰って、美夏は一人で病院食を食べた。それまでは母の残業で時間は遅かったが、家族3人揃って母の作った夕食を食べていた。いつもはなんとも思わなかったが、今はその団欒がいとおしく思えた。せわしなく揺れるスープの液面にはこわばった悲しそうな顔が映っていた。
第5話
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