傾きが負

〜known secrets and unknown common senses〜
第14話

 美夏は近所の大手予備校を回って、予備校案内や授業案内の本を集めた。なぜなら、そこには、近隣校舎を含めた講師のリストが載っているからだ。
 彼女は家に帰るとすぐに、彼の姓「ゴトウ」を数学講師の中から探した。「ゴトウ」は数人いたが、写真が載っていて明らかに違う人を除くと、残ったのは1人だけだった。美夏は次の月曜にその人に会いに行こうと決心した。美夏はその夜と次の日、病院での出来事や彼の言った言葉を繰り返し繰り返し思い出した。そして、期待と不安の入り混じった興奮でなかなか寝付けなかった。しかし、その興奮があの忌わしい事故の前日に感じたものと似ていることに気付くと、身をすくめ、布団の中に顔をうずめた。
 その月曜日はよく晴れた汗ばむような日だった。美夏は普段通りで授業を受けたが、集中することはできなかった。授業を終えると美夏はすぐに、彼のいるはずの予備校に向かった。胸の高鳴りは徐々に大きくなり、予備校の入り口を通るときにはせわしなく繰り返す心臓の鼓動が感じられるほどだった。
 受付で彼の居場所を聞くと、彼は丁度、講師控え室にいるということだった。美夏は講師控え室の扉を開けて中を覗いてみたが、それらしき人物はいなかった。近くにいた講師に聞くと老齢の男性を指差した。明らかに彼とは違っていた。美夏の驚いた顔を見たその講師はもう一人の「ゴトウ」先生がいることを教えてくれた。前年度の授業案内の写真を見ると間違いなく、あの彼だった。彼の名は「後藤 真」だった。しかし、彼は前年度の終わりに、突然その予備校をやめてしまっていた。噂によると教え子の自殺が原因ではないかと言うことだった。美夏が尋ねると、その講師は快く、彼の住所を教えてくれた。
 そこは、美夏の家から徒歩20分位の場所だった。美夏は意を決して彼の家の呼び鈴を鳴らした。3回鳴らしたところで初めてドアが開いた。中から出てきたのはまさしくあの彼だった。しかし、無精ひげを生やし、髪の毛も伸び放題で、目つきも悪かった。あの時の姿との余りの違いに美夏は驚きを隠せなかった。
 彼は美夏の顔をしばらく凝視して、こう言った。
「君は…、あの時の。」
第15話
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