傾きが負

〜known secrets and unknown common senses〜
第12話

 数ヵ月後、美夏はある大学の二次試験会場にいた。美夏は緊迫した空気の中、ひたすら入試問題と格闘していた。事故で負傷した足はすっかり治っていた。午前中の試験が終わると、美夏は一つ、ため息をついた。そして、弁当を食べるために教室を出て、大学内にある池のそばの芝生に腰を下ろした。すると、美夏はすぐさま参考書を取り出して、弁当を食べながら読み始めた。
 冬の寒さは緩み、その日は、コートもいらない程、暖かい春の陽気だった。池の中では鯉が、周囲の張り詰めた雰囲気など気にする様子もなく、悠然と泳いでいた。それを見た美夏は、しばらくためらったが、池へと歩み寄った。美夏にとって、こうやってゆっくり池の鯉を眺めることは父と一緒に行った公園を最後に6年ぶりのことだった。父がいた頃は公園や森へよく連れていってもらっていたが、父を失って以来、こうした自然に触れ合う機会はほとんどなかった。
 ぼんやり池を眺めていると、時を忘れてしまいそうだった。周囲を見渡した美夏は近くに緑道があることに気がついた。そして、無性にそこを歩きたくなった。緑道は大学の敷地内の森に続いていた。美夏は何かに引き込まれるように森の中へと入っていった。
 森の中は小鳥のさえずりや風に舞う木の葉のささやきで賑わっていた。また、樹々から発せられる森林特有の芳香がただよっていた。森の中は薄暗かったが、樹々の葉から洩れる日の光が妙にくすぐったかった。美夏はしばらく歩くと立ち止まって、大きく深呼吸をした。そして、森の中をぐるっと見渡すと笑みをこぼした。
 次の試験の時間が迫っていたが、この時の美夏は来た道を戻るという行為をしようとはしなかった。むしろ、別の出口を探そうと森の中を歩き続けた。時間がいよいよなくなってくると、やはり不安になって、走って元の道を戻ろうかとも思ったが、どうしても新しい道を見つけなければいけない気がして、ひたすら歩き続けた。
 試験開始5分前になって、美夏はついに新しい道を見つけた。森から出た美夏は走って試験会場の教室に向かった。そして、試験開始1分前に滑り込んだ。美夏は息こそ切れていたが、落ち着いて問題に立ち向かうことができた。
 2週間後、美夏の受けた大学の合格発表があった。
 美夏は人目を憚らず、歓喜の声をあげた。美夏は国際関係学科に合格したのだった。
第13話
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