傾きが負

〜known secrets and unknown common senses〜
第1話

「行ってきまーす。」
 と元気良く家を出た美夏は高校3年生だ。学校で嫌なことがあっても、家では努めて明るく振舞っている。5年前に父を亡くした彼女の家庭は母によって支えられている。彼女の母は平日と休日で2つのパートを掛け持ちして家族を養っている。美夏は働きずくめの母を気遣い、決して暗い話題をしようとはせず、悩みも相談したことはなかった。
 美夏は高校へ行く間、携帯電話で、クラスの友人宛にメールを書くのが日課だった。美夏は小遣いをもらっていないので、アルバイトをしてなんとか電話料金を払っていた。
 美夏は初め、携帯の必要性を感じていなかった。しかし、友達が携帯を持ち始めるにつれ、不安になってきた。仲間の中で一人だけ携帯を持っていないと、仲間はずれになってしまうのではないか。美夏にとって友達を失うのが一番怖かった。
 美夏は無駄遣いはしたくなかったが、仲間にメールを書き続けた。内容は取りとめのないもので、実際にあってから話せばいいとはわかっているのだが、学校に着くまで何度もメールをやり取りした。
 美夏は大学進学を希望していた。それは、母が彼女の進学を熱望していたからだ。しかし、できるだけ家計に負担をかけたくなかった美夏は授業料の安い国公立大に入って、しかも奨学金をもらわなければならなかった。
 しかし、美夏の友人達は専門学校に行くつもりで受験とは無縁だった。美夏は休み時間の間も受験勉強をしたかったが、その時間は全て仲間との雑談に費やされた。放課後も友人と共にカラオケに行くことが多かった。美夏はアルバイトと重ならない限り、友人の誘いを断ることはなかった。友人に付き合って帰りが遅くなることもしばしばあった。受験勉強のためにアルバイトを止めたいと思っていたが、それができなかった。
 美夏は家に帰ると家事を手伝った。美夏には弟がいるが、彼は家事を手伝ったりはせず、家に帰るなり、おねだりして買ってもらったテレビゲームに熱中していた。美夏はそんな弟が少しうらやましかった。母が残業で遅くなる時は美夏が夕食の仕度をした。
 美夏は友人達の話題についていくためにテレビを見たかったが、夜遅くまで勉強した。母もそんな美夏に付き合って遅くまで起きていた。しかし、なかなか成績は伸びなかった。受験を半年後に控えた美夏はかなり焦っていた。

第2話
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