innocents
ヒロは自分の中に行き場のない不満が蓄積していくの毎日のように感じていた。ヒロはある機器メーカーの工場の従業員であった。従順なヒロは作業手順書の通り、作業をひとつひとつ丁寧にこなしていた。一方、ヒロの同僚は過剰なほどに手を抜いていた。同僚は作業場を散らかすが片付けるということをしなかった、きれい好きなヒロは文句も言わずにそれを片付けるのであった。同僚はそれを当たり前のように思っているようであった。しかし、けなげなヒロよりも同僚の方が作業が速く、上司からの評価も高かった。うわべだけを繕って、見えないところで手を抜くものが得をし、正直者が損をする不公平な世の中に生まれたことをヒロは後悔するのであった。
そして、決まってこう考えた。自分も誠実さを放棄して、彼らと同じように狡猾さと怠慢さを身につければ、世の中を上手く渡っていける。損することも悔しい思いをすることもないだろう。しかし、そうすると、自分の人間としての価値が失われてしまうのではないか。我慢していれば、いつか報われるのか、それとも、いつまでも損をし続けることになるのかと。
結局、堕ちる道は一方通行だと自分に言い聞かせ思いとどまるのであった。一種の嫌悪感さえ覚える彼らと同じ立場に立てば、自分と同じような人を裏切ることになる。自分と同じ立場の人から汚い人間であると思われることは何よりも辛いと。
ある夜、残業を終え帰宅したヒロは、いつものようにニュースを見ながら夕食をとっていた。ニュースでは戦争で国を追われた難民について報じられていた。ヒロは目を大きく見開いて、画面を注視した。そして、こう思った。彼らは働く場所も住む場所も失い、生きることさえも難しい。小さな子どもでさえも。彼らが一体何をしたのだろう。その一方で、自分は職場での不公平さで悩む余裕がある位、生きることに苦労せずにいられるのはなぜだろう。何もしてないのに、なぜ、こんなにも不公平なんだろう。何だか自分が彼らに不幸を押し付けている加害者であるように思えて、ヒロの身体はこわばった。ヒロは不公平な世の中の被害者であるように思っていた自分自身が恥ずべき存在に思えた。自分が彼らに何をしてあげられるかわからないが、彼らから怠慢だと思われないように真剣に生きたいとヒロは心に決めた。
第21話
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