a reflective night

 道夫はうつむきながらこうつぶやいた。
「あの時、よく考えていれば、こんなところにはいなかったのに。妥協せずにちゃんと会社を選んでいたら…。いや、もっと良い大学に入っていたなら、今頃、もっと良い暮らしができていたろうに。俺は、間違ってしまったんだな。」
 隆典はをそれを聞くや否や反論した。
「過去の選択を悔やんでも仕方ないじゃないか。今、君がここにあるのは、これまで生きてきた結果じゃないか。人生一度きりなんだから、間違ったなんて言うなよ。どの生き方が正しいかなんて誰にもわからないんだから。」
 道夫は顔をしかめながら語気を強めて言った。
「じゃあ君は間違った選択をして後悔したことはないんだな。」
「それは…。無いとは言えないが…。」
 歯切れ悪く隆典は答えた。隆典には過去に自らの選択で大切なものを失った経験があった。他の選択肢を選べば、そうはならなかったのかもしれないと思うこともあった。しかし、そうしなかったら、もっと大きな不幸を伴ってその別れが訪れたのかもしれない。後悔しても何もならない。ただ、自分の幸せのために前を向いて生きていこう。そう思って自分自身を納得させていたのだった。
 隆典はしばらくの沈黙の後、続けた。
「確かに過去を振り返ることも大切だな。馬鹿みたいに前だけ見ているのは、過去から逃げているだけかもしれない。でも、過去を見つめても悔やむんじゃなくて、何かを見つけられたらいいな。これまではできなかったけど、過去に真っ直ぐ向かい合って、未来を掴むための鍵を見つけられたらな。」
 掌の中でうごめいている透明なグラスの表面に映りこんだ歪んだ自らの顔を見ながらそう言った。
「そうだな。悔やむばかりで何もしなければ何も変わらないよな。何だか今からでも遅くない気がしてきた。自分にあった居場所を見つけないとな。」
 道夫はこう言うと、一瞬笑顔を浮かべ、席を立った。
 その帰り道、隆典は久しぶりに空を見上げてみた。北風の冷たい夜の透き通った空には月が出ていた。満月だった。隆典にはそれがやけに眩しく見えたが、妙に嬉しくなってじっと見つめた。斜め上に目をやると月の光にぼやけながらも、力強く瞬く星を見つけることができた。
第14話
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