appreciative eyes

 彼はとても楽しそうだった。夢中になって語っていた。しかし、私はその話に興味がなかった。適当に相づちを打ってはいるが、視線は違うところにいっていた。彼はあんなに一生懸命なのだから、質問をはさんだり共感したりして話を弾ませてあげたらいいのに、そんな気にはなれなかった。ただ、彼と別れた後の予定に思いを巡らせるばかりであった。私は思いやりに欠けた人間だから、気を使うことができないんだ、誰にでもやさしくなるなんて無理なんだなとあきらめかけていた。
 あるとき、買物をしていると、母親とベビーカーに乗った幼い男の子がそばにいるのに気付いた。彼は手に持っていたおもちゃを落としたが、母親は気が付かないようだった。私はしばしそれを観察した後、たまらずおもちゃを拾った。そして、彼にそれを渡した。彼はそれをつかむと、まん丸い目をそのおもちゃからこちらへ向けた。そして、その眼差しは途切れなく注がれ続けた。私は一瞬微笑を浮かべ、そこを去った。店を出た私はひとつ深く息を吸った。
第6話
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